フラッシュメモリがご臨終

フラッシュメモリがお亡くなりになりました…。
中に大量の文章が入っていたので
心がバッキバキに折れました…orz

ひとつだけ、偶然バックアップしてた文章(小説)があったので
墓標としてここに載せますね。
元々、宴葬 http://boia.moo.jp/anne/x/ というお題サイトの、
終終終終わりというお題のなかのひとつです。
もちろん、この他にも四つくらい書き上げてました。
とっとと公開しとけば良かったなー。
「彼はノクターンを愛した」

この曲は、美しい女に似合う。
そんな風に考えながら、弾いていると、必ず、間違える左手薬指。
指が滑る。

ピアノが弾ける、と言うと、ガラスのような瞳で話しかけてきた。
どのくらい、ピアノやってるの?ショパンは好き?
もう、十年は越えたよ。少なくとも、ベートーヴェンよりは好き。
初めて交わした会話を、幻想的と言ってしまってもいいのだけど、
いかんせん、ごったがえした歩行者天国を歩きながらだったので、
自分のなかでは、激しく庶民的な、日常のヒトコマとしか思えないのだった。
ノクターン第二番が聴きたい、ショパンで一番好きな曲。弾いてよ。
唇から流れ出た言葉は、はっきり言ってしまえば、わがままなお願いだった。
その曲は、そんなに簡単じゃない。
少なくとも、自分にとって、一日二日の練習で弾けるようになる曲じゃない。
それでも、いいよ、と言ってしまったのは、先生以外で、
曲をリクエストしてきた最初の人だったからだろうか。

フレデリックショパンノクターンOp9‐2」
ノクターンと呼ばれる曲の中では、有名かつ人気の高い曲。
柔らかな旋律、フリルのような装飾音。
こんな甘ったるい曲、言われなかったら、一生弾いていなかったかもしれない。
先生は、楽譜を見ると、驚いて、次に笑った。
めずらしい!恋でもしたの・・・。

当時エベレスト並みのプライドを持っていたので、
完璧に仕上げてからしか披露するつもりがなかった。
家に帰っては、ピアノの前に座り、楽譜とにらめっこし、
ひたすらに弾く、という生活を送った。
母親は大喜びした。
夜食を作って持ってきてくれたり、演奏の優美さを褒めたりした。
受験のとき以外で、あんなにも熱心にピアノへ向かったのは、
後にも先にも、このときだけだ。

結果、今まで弾いたショパンの曲のなかで、
最速で完成へと漕ぎつけたのだった。

 その日、第二音楽室のグランドピアノを借りた。
ここまでやったのに、グランドじゃないピアノで弾いてたまるか、と思った。
いったい何がそこまでの原動力になったのか、わかるような、わからないような。
グランドピアノのふたを最大限開け、目の前の席に座ってもらい、
ノクターン第二番披露会は、厳かに始まったのだった。

たった一人しかいない観客へ向けての演奏だったが、額からは汗が噴き出した。
今までのどの発表会よりも、指先が震えた。
トリルの指は転ばないように、左手のリズムが狂わないように。
ピアニシモをピアノときちんと区別して。アクセントを大事に。
こわばる指を無理やり動かし、どうにか一曲すべて弾き終わると、
へとへとに疲れて、ピアノの椅子にもたれかかった。

「・・どうだった?」
ちら、と目をやると、ガラスの瞳は心なしか潤み、
立ち上がって拍手喝采してくれた。
「今まで聴いたノクターンのなかで、一番よかった!」

その出来事から数年がたった今も、相変わらずその言葉が
今まで自分に掛けられたお褒めの言葉、ナンバーワンである。
それから、二度とその音楽室でノクターン第二番を披露することはなかったが、
指が、この曲を忘れたことは一度もない。
今でも、自分に不釣り合いのこの曲が、一番上手に弾ける。


end
あとがき
どっちが彼か明確にしないよう書いた。ユニセックス登場人物。
両方彼でもいける?